2014年2月21日金曜日

#2

淫獣というあだ名の知人がいた。偏西風という名前の息を彼は吐いた。髪型は自然な七三分けで、クラスの中ではつむじ曲がりと呼ばれていた。
二日後に彼は「イノケンさん」と岡野に呼ばれた。「イノケンさん」のあだ名は瞬く間に浸透した。クラスの男子も女子も全員がことごとく、淫獣のことを「イノケンさん」と読んだ。
淫獣の頭文字の「イ」が派生したあだ名であることは間違いなかった。今までもそうだった。「エノケン」と掛かっている気が、淫獣にはとてもした。
淫獣は目を閉じると、釣り堀にいた。静かで誰もいないところだった。これは過去の記憶だ。多分淫獣が小さな頃の。入り口で先程、ニット帽を被った白髪のおじさんから釣り餌を買った以外、人の息遣いを感じることのない、とても静かな一日。とても静かな場所だ。
池には、淫獣以外誰も居らず、幾つか、添え木のようなものに支えられた釣竿が池に糸を垂らしている。
何かが掛かる気配は無い。前方の木々と遠く後方の森の中で、蝉が鳴いている。
水面で光が跳ね、勢い余ったそれが淫獣のバケツに飛び込んで、すいすい泳いでいる。